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Twitterマンガで振り返る秋野の変化

秋野ひろ
このnoteは、「コルクスタジオフェス」に際し、3年前からの自分の変化を絵で振り返ろうという企画で書いたものです。

「これ別にマンガにしなくてよくない?」

編集者、佐渡島さんからよく言われていた言葉のひとつだ。

「マンガは絵と物語の良さ両方を使える媒体なのに、ちょっと文字で書いて伝わるようなこと以上の情報量をお前のマンガからは感じられないぞ!」
という感想だと捉えている。

そんな感想ばかりを引き出すマンガを描いてしまっていた理由はシンプルで、僕自身も「これマンガにしなくていいよなぁ・・・」と思いながら描いていたのだ。

マンガだからこそできる表現に対する興味が全く無かったり、興味が出てきてからも、どうやったらいいのか全然わからん!という状態がかなり長かった。
(実際、自分の描いたマンガよりも、文字でウケたツイートとかnoteを読み返す方が面白いと感じていた)

今回は、そんな僕がTwitterに載せたマンガを元に、そのとき絵やマンガの表現に対してどんな認識でいたのかを振り返ろうと思う。

ちなみに、見出しのアンダーバー付きのところを押すと投稿したマンガに飛べるので、暇な人は見てくれると嬉しいです。

秋野のTwitterマンガ履歴書

マジで文字のがよかった期(2019/11/5)


これはちょうど3年前の今日Twitterに投稿されていた、(たしかコルクラボマンガ専科2期の課題で)自分の好きなものを紹介するというテーマで描いたマンガだ。
このマンガを描くときに考えてたことを想像してみる。

「昆虫食好きやからそれで描こーっと」

「昆虫食は『手軽にできる狩りごっこ』なんよなぁ、そこがいいわ」

「前情報として『現代において狩りって趣味よね』って入れとくか」

「一応マンガやし絵もいれとくかぁ〜」

おそらくこんなものだったように思う。

今見返してみて、「一コマ目の情報がフリになってなくない?」とか、「各コマの表情どういう感情なん!?」とかツッコミどころが山ほどあるのだが、そもそもそこに意図を込める発想が無かったのだと思われる。

表情とか印象考え出した期(2020/2/25)

2020年になったあたりから、コルクのマンガ家での共同生活「コルク荘」が始まった。

そこで他のメンバーからいろいろアドバイスを受ける中で、キャラクターの表情とか印象を少しずつ意識するようになったものと思われる。

これはコルク荘に高い肉を送ってくれた、じゅん(現:水野ジュンイチロウ)さんのことをマンガにしたもの。
絶対に後光が射してるコマを見せ場にするべきじゃないか?と思うが、半年前と比べるとこういう表現をしはじめたのも成長のひとつかもしれん。
ちなみに『おれたちのアニキ・Jun』はじゅんさんの奥さんにウケているという話を聞き調子に乗って3話まで描いた。

愚痴エネルギーで初バズりを経験する(2020/6/20)

児童画展の審査員のバイトをしたとき、胸糞悪くなったときの勢いをそのままに描いてしまったマンガ。
審査員長への憎しみの気持ちだけは分かりやすく表現されている。

でも今思うとマンガの中でテーマにすべきことは「美術教育の中で児童画展っていらなくない?」という問いだったのだが、「審査員長がクソだ!」と主張する伝え方になってしまっていて、実際にリプでも「自分の経験した美術の嫌な思い出」みたいなのばかりで、意図を伝える意味ではかなり失敗したなと思った。
表現のエネルギーと一緒に危険性も実感した

キャラの雰囲気が欲しいなぁと思い始めた期(2021/1/5)

自分の思い出を4ページマンガで描いていた時期。
何回かバズったり、ある程度わかるように描くのができるようになってきていたと思う。

このマンガに出てくるおじいちゃんは「怖いイメージ→実は孫思い」な人として描いてて、「こんなおじいちゃん羨ましい!」といった感想がかなりもらえた。
それ自体は意図した表現なのでうれしかったのだが、反面、実際のおじいちゃんのイメージとのズレを感じていた。

おじいちゃんのことは好きなのだが、親戚で集まったときに息子世代に雑なフリを投げたり、酔っ払うとヘイトスピーチが始まる(これは本当によくないのだが止まらない)し、嫌な部分もかなりある。

マンガにするときに、そういった本人と会ってるときの感覚がかなりごっそり失われていて、上手く描けんもんかなぁと思っていた
『あたしンち』とか『ちびまる子ちゃん』のキャラ表現のすごさを思い知ったあたり。

キャラを表現するたのしさ(?)をちょい知る期(2021/8/10)

電車で見かけて「なんかめっちゃキャラ濃いな・・・」と思った中学生を落書きして投稿したもの。
僕が絵だけでツイートしたものの割にはいいねが多くて、「これがキャラの面白さみたいなものか!?」と思った。

この頃、よく友達と会ったときに面白かったことをマンガにして本人に送りつける行為をやっており、他の人の仕草とかに興味が出てきてたのだと思う。

スタートラインに立った気がする期(2022/10/10)

最近描いたマンガのひとつ。
レストランでみのりさんという方にマジックを見せてもらったときの思い出をマンガにしたもの。

ファインティングポーズをとる絵もみのりさんの方が余裕ある感じに構えてたり、キャラの仕草とか印象を(めっちゃできているというわけでは全然ないが)なるべく表現しようという意識が出てきたように感じる。

まとめとこれから

まとめ

振り返ってみて、正直かなり苦痛だった

特に2020年までのやつとかはTwitterで自分のマンガを検索するのも恥ずかしかった・・・
この時期から僕を知っていてさらにフォローしてくれていた方々への感謝の気持ちがさらに高まった。


冒頭で、自分の言いたいことをマンガにする意味について考えていた。
今の答えとしては、自分がわざわざマンガとして描くことの理由は「空気感」や「キャラの手触り」みたなものを表現できるから、だと思う。

一方、世界観とか場所に対して全く意識を置いてないなと思ったり、見せゴマの視覚的な工夫は今の何百倍もできそうだったり、振り返りとして書かなかったところへの意識の低さにも気づいた。

これは、いま自分がエッセイや身の回りの人の体験をマンガにしてるのが多いからそうなるのか・・・?という気持ちもあり、背景への意識を高めるためにファンタジーな世界観に振り切ったマンガを描いてみるのも面白いかもなーと思ったりした。

これから

今、「よしもと興業の芸人さんたちが虫のキャラクターになって生活する学園モノ」を描いている。

いろんな人が関わってくれており、僕はネームの部分を担当している。
芸人さんたちのキャラクターをうまく表現できるかが面白さの鍵になる気がしており、キャラの手触りへの意識を上げながら描くぞ〜という気持ちだ。

ネームはかなり順調にたまっていて、線画や色が入り次第Twitterで公開されていく予定なので、ぜひ読んでもらえたらうれしいです。
願わくばいいねとRTとリプと引用ツイートもお願いします。

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秋野ひろ

僕が有名になった後「秋野ひろは俺/私が育てた」と公言できるようになります。