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【短編集】

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1話完結の作品集。死ぬほど暇な夜に。
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記事一覧

時の差婚(7000字)

  作り笑いに気付いたのはそのときが初めてだった。
 小さな笑い声を上げた彼女は、きっと泣いていた。

僕が定年退職した頃、一般人もタイムマシンを使えるようになった。

 高校生のときに知り合った妻、チサも同じ年に仕事を辞めた。家族にも恵まれた。退職金も十分にある。僕は自らの余生に何ら不満があるわけではなかった。
 ただ、過去にある未練があった。

 あれは高校2年のバレンタインデーだ。毎年僕には

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『フシのボタン(1万字)』

【男 Ⅰ】

 ちょうどよかった。
 癌の告知をされたときは、そう思った。
 今のおれにあるものを考えた。妻と娘がいた。大学を出てから働き続けている職場があった。だが妻子とは五年前から別居している。理由ももう忘れてしまった。きっと小さなすれ違いだろう。連絡の取り合いすらほぼ無く、家族というよりは血の繋がった他人に近かった。仕事には真面目に取り組んでいたが、それも真面目であるだけで、決して積極的では

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『I novel』(星新一風2次創作)

N氏の心の中には、いつも一冊の絵本があった。

昔、保育所で一度だけ読んだ本。主人公の冒険物語だ。
その内容はN氏の小さな世界を無限に広げた。綴られる言葉の1つ1つが、N氏の小さな胸を躍らせた。
それからの彼が経験した劇的な出来事は、全てその本に重ね合わせた。大きな岐路に立ったときは、その本の主人公になりきって選択を下した。
N氏はその六十余年の人生を、そうして歩んできた。特別華やかではなかったが

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『竹撮りの翁』(306字)

時は平成。竹取りの翁と呼ばれている者がおりました。野山に立ち入っては竹を取り、多くの竹細工を作っていました。
ある夕暮れのことです。翁は近いうちに誕生日を迎えるお婆さんの為に、上等な竹を探していました。切り倒した数本の竹を背負い、そろそろ帰ろうかと腰を上げたその時です。ふと前を見ると、なんとそこには光り輝く一筋の竹があるではありませんか。
翁はすぐにポケットからスマートフォンを取り出し、それを撮影

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『良 いなか』(1840字)

「ええ御守りやんか。祈年祭で売っとってもおかしくないくらいや。ありがとうな」
そう言って田沼先輩が笑った。無人精米機から出て来たばかりの上白米のような、輝くように白い歯を見せる。
「そんな…喜んでもらえて嬉しいです。受験、絶対合格して下さいね」
私は胸の前で両手を握った。先輩もそれに合わせて、ガッツポーズをしてくれる。それを見て、喉に餅が詰まったような気分になった。手をそっと胸に当てる。先輩の合格

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干支の考案者は猫派か?

【登場人物】

僕…日本の高校生。猫派。猫アレルギーに悩む。

ボス…WCA(世界愛猫家過激派団体)のトップ。その正体は謎に包まれている。40代の日本人男性で、数年前に離婚されたと噂されている。

組織員…話を進めるための脇役。

【本編】

2016年、WCAの決議によっては、日本は滅亡していた。

WCAとは世界愛猫家過激派団体の略称だ。
世界中の権力を裏から支配している。

僕はW

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